そんなのずるいよ
我慢の限界
ふわりと奔る殺気は本物だ。ハーノインは体を沈めて床を蹴った。エルエルフはその銀髪さえ揺蕩わせてハーノインの一撃を受ける。互いに大振りなナイフ一本が獲物だ。銃器ではなく刃物での戦闘を想定した訓練だ。耳障りな金属音に火花を散らす。一瞬だけ燃える橙の火花がハーノインとエルエルフの顔を浮かび上がらせた。ハーノインの方が年長であるから腕力や高さがある。訓練の完成度が違っても単純な肉体で比べればハーノインのほうが優勢だ。爆発的で暴力的な成長期は蓄えなど考えずに熱量を消費するから肉体としての完成度は未熟だ。伸びた丈や四肢での距離感も僅かに狂う。命のやりとりが日常的な戦闘ではその差が案外大きく響く。急速な変化は時に自己さえ振り払う。エルエルフが飛び退る。ハーノインはそれを追って踏み込んだ。山吹と栗色の髪がなびき、碧色の双眸は収束して愉しげに見開かれる。口の端が吊り上がる。
ハーノインの年齢ではすでに体つきが固定されつつあって骨格も定まる。振り下ろすナイフをエルエルフは避けない。きわどく滑らせて横へ逃げる。ハーノインの碧色の目がそれを追う。意識する前に腕が動いた。大きく横へ薙ぐ。
「甘い」
重心をずらして位置取りを瞬時に変えたエルエルフの蹴りがハーノインの腹へ極まった。瞬間的に高まる吐き気と臓器の震動にハーノインが退こうとする。伸びきった腕をそのままにしてエルエルフが疾走った。反転させて遠心力さえ含む一撃が繰り出される。ハーノインは脚の力を抜いて体を沈めた。一瞬前にはハーノインの頭部があった場所をエルエルフのナイフが薙いだ。舌打ちする音がして地を這う位置からハーノインが反撃する。くるん、とエルエルフの手の中でナイフが踊る。逆手に持ち直されたそれは無造作に振るわれる。
しん、とした空間に息を呑む。ハーノインの汗がこめかみを伝い、頤から滴った。ハーノインの手首は囚われて鋭く研がれた切っ先はハーノインの眼球を攻撃範囲に据えて寸前でとどまっていた。けたたましいだけのブザーが鳴って勝敗を決する。エルエルフがナイフを退く。つかまれた手首が解放される。どっと力が抜けてその場にへたり込む。滝のように汗が流れた。シャツを湿らせるそれを感じない。
「二分か。前より保つ」
呼気が荒い。胸骨が軋んで肺が機能しない。エルエルフはすでにあの鋭い殺気もなくハーノインを見下ろしている。立てるか? 時間が押している。おしてる? 訓練場の使用申請時間が迫っている。ハーノインは深呼吸してから立ち上がる。手を差し伸べるかどうか惑うエルエルフに仕草だけでいらないと伝える。獲物を所定の位置へ戻すと遺失物がないか二人で点検する。なにか拾った場合は届け出る決まりになっている。
「ったく、手加減ねぇな。年上は敬えよ」
性別に偏りがあるから掃除しても拭い切れない汚れがある。訓練で疲れて飛び込むからどこか雑然としてもいる。
「敬うのと手加減するのは反対だろう。手加減は明らかに己より下位の者にすることだぞ」
「そうですね」
エルエルフが施錠手続きを踏むのを待って二人で連れ立った。どうせ二人共同じ更衣室を使っている。
ハーノインやエルエルフたちのように高度な戦闘能力を保つ少年軍人は別枠で施設使用の許可を申請したり使用したりする。基盤が違うから一般兵と訓練時間や内容、頻度が合わせられない。基本的なシステムに変更がない場合以外は割合自由に行動する。ハーノインが目敏く見つける。腕、切っちまったな。エルエルフの艶めく白い肌に赤い線が引かれていた。エルエルフは取り合わない。俺の未熟さだ。お前の頬も切れているぞ。ぺたりと無造作に触れられて出血しているそこへ気づいた。紅く汚れた桜色の爪を吸ってやる。片目盗られると思った。ハーノインがもっと踏み込んだら刺さっていたな。お前の好判断か。だからさ、歳上なんだよ俺。階級は同じだ。そうですね。ハーノインは目の前の操作パネルを操る。更衣室であってもいちいち施錠されるから解錠が必要なのだ。彼らの戦闘レベルや存在そのものがある意味で軍事機密に値する。
どた、ばたん、と気配が騒がしい。ハーノインとエルエルフが目線だけを交わす。未熟な精神に吊り合わない戦闘力の暴走を抑えているのはカインを筆頭にした制御が働いているからだ。だがそれでも彼らの年齢を理由に不本意にモメることもある。その場合は大抵実力行使で相手を黙らせる。それが可能なだけの戦闘力を有している。
二人でいつでも飛び込めるように腰を落とす。ハーノインの指がパネルを叩く。わずかなタイムラグの後に扉が開く。飛び込んだ二人の目の前でアードライがイクスアインを押し倒していた。ヘリオトロープの細い髪は俯いたなりに揃う。顔の半分を覆う長さと量でそれはアードライの表情を隠す。押し倒されているイクスアインのほうが先に飛び込んだ二人に気づいた。アードライ、エルエルフが見てるぞ。ばちんと弾かれたように上げられる顔は高貴な生まれであるという噂通りに無垢だ。真っ白な肌が見る間に赤くなっていく。
ハーノインは隣のエルエルフの銀髪が燐光に燃えるのを見た気がした。もともと表情と感情が連動しない高レベルの戦闘要員だがそういうものではないらしい。
「え、エルエルフ! こ、っこれは」
「別にいい」
わざわざ言い切るあたりで別によくはないのだろうと思うが、冷淡な反応にアードライが泡を食った。アードライは着替えを終えていたのか制服姿だが、押し倒されていたイクスアインは専用スーツの留め具を解いて腰のあたりまでおろしていた。臍が覗いている。黙ったまま使用中のロッカーへ近づき着替えを始めるエルエルフにアードライが食らいつく。話を聞いてくれ。転んで。下手の言い訳休むに似たりを知っているか。だから、違うんだ! 本当に転んだんだ! だから好きにすればいいだろう、お前が誰と抱き合おうが俺には関係ない。誤解だエルエルフ! 転んだオレをイクスアインがかばおうとして。まろぶのをかばってもらう仲なら下半身の面倒も見てもらえ。エルエルフがいつになくきつい。平素から感情の起伏を制御するのがうますぎて冷淡に見えるエルエルフだが殊更刺がある。着替える手つきさえ荒い。
「年上だしな?」
「エルエルフ!」
着替えを終えて荷物をまとめる手つきに無駄はない。そのまま部屋を出る背中にアードライは慌てて持参の荷物を点検して後を追う。二人の諍いがいつまでも聞こえる。あちらもこちらも立つと思うな。調子のいい。だからそれは誤解なんだ!
呆然と見送るハーノインの前でイクスアインは起き上がる。転んだのは本当なんだがな。クーフィアが放り出しておいたボトルが運悪くな。本当に運が悪いな。…イクスは不運だとは思ってないんじゃないの。どういう意味だ? 別に? ハーノインも自分のロッカーへ向かう。押し倒されて悪い気がしなかったならそれがお前の方向だ。イクスアインからの反論はない。それがひどくハーノインの気をささくれ立たせた。ロッカーの施錠を解く。着替えようとするのに手足が重い。アードライの下に転がっていたイクスアインに動揺はなくて、だからアードライみたいに狼狽てくれたら、と思ってしまう。俺との関係なんかなんともないってこと。俺のことなんかどうだっていいんだ。
趣旨を変えたのは知らなかったぜ。言葉が刺々しくなるのを止められない。止める気もない。イクスアインは続きを促す。眼鏡の位置を直すのは寛容であろうとするからだ。要点をまとめろ、ハーノ。ハーノインは舌打ちして吐き捨てるように言い放つ。
「脚を開きたいならそういえばいいって言ってんの」
バタンと音を立ててロッカーが閉められた。自動施錠が虚しくロッカーを施錠する。イクスアインの腕の中にハーノインは居る。なンだよ俺は着替えるつもりなの。今の台詞はどういう意味だ?
冴え冴えとした蒼い髪がハーノインの目の前で流れる。弛く巻くくせが取れないとイクスアインは気にするが内向きへ揃うから気にすることはないと思う。耳元へ引っかかるほど長くして新たな癖をつけて相殺しようとしている。イクスアインの肌は白いから蒼い髪は際立って冴え渡る。肩や袖をたっぷりと取る制服の下だと判らないがイクスアインも軍属に恥じない体つきだ。不意にイクスアインは興味をなくしたように手を離した。そのまま背を向ける。
「おい」
「理解の余地がない馬鹿にする説明はない」
ハーノインの眉が跳ねた。凛とした山吹のそれは近接戦闘を好むハーノインの性質のように明瞭だ。イクスアインとは反対にハーノインは髪が伸びればすぐに切ってしまう。前髪も全て上げて額を見せる。後ろ髪だけは長さがあって、それでも制服の赤い襟が隠れてしまったりはしない。
「説明の余地? 譲歩のつもりか? 今まで人に散々隙があるだの馬鹿だの言ってくれたじゃないか。押し倒されているのに違和感がないんだったらそう言えよいい男紹介してやるから。ひょっとして今不機嫌なのはそれか? お前がぶち込んで欲しいたちだったんだ? そりゃあ今まで気がつかなくてすいませんね」
べらべら並べる言葉は一方的にイクスアインを攻撃する。イクスアインは目線さえ向けなかった。宛のない攻撃に倦んで着替えを再開しようとロッカーの解錠手続きに入る。反応がなかったから背中を向けてしまったのは完全にハーノインの落ち度だった。
「寂しいのはお前だろう」」
突然急所を握りこまれてハーノインの体が跳ねた。いつの間にかイクスアインが後ろに立っていた。後ろから伸びた手は蔦のように絡んで慌てるハーノインの爪さえ受け付けない。力任せに解こうとする肩へ頤が乗せられる。ふわりと蒼色が漂って冷たい息が耳朶をくすぐる。きしっと無機物の軋む音がする。ねとりとぬるくて柔らかいそれがイクスアインの舌だと気づくまでに時間を要した。その間にイクスアインは舌や歯でハーノインの左耳に開けられたピアスを外す。カツンカツンと軽い音をたててピアスが床へ散らばる。
「お前は穴だらけだな。ここも、あいてる…?」
滑り込んだ指先が裏の門を押し開く。無理やりねじ込まれた指に息が詰まる。蠢かされてその度に息を呑んだ。ひぃ、と音なのか声なのか判らないものが漏れては痙攣的に仰け反り尻が上がる。位置取りとして背後に居るイクスアインから逃げられない。逃げるように退けばイクスアインの身体と密着する。
互いに薄着であることをハーノインは呪いたかった。上半身はサポーターだけのイクスアインも格闘訓練直後で薄手の格好である己も。急所をいじっていた指はハーノインの胸を這う。女性と違って柔らかくも膨らんでもいない。それでも身体への刺激の反応として尖ってしまう先端をイクスアインはこね回す。その度に微電流がハーノインの腰を直撃した。仰け反っても俯いても逃げ場はない。吐息が次第に甘く濡れてくる。どうした? 乗り気だな。感情が唐突に暴発した。薙ぐように振るった腕を避けてイクスアインはあっさりと別離した。イクスアインの拘束を解いたハーノインは駆け出す前に己の手脚が使いものにならないことに愕然とした。膝が折れてその場へ座り込んでしまう。腰が抜けるような原因は見当たらない。イクスアインはゆっくりとハーノインの体を仰臥させた。
「ハーノ、食事は熱量の摂取なんだから抜くんじゃない」
ぎり、と噛み締めた歯が軋む。訓練相手がエルエルフだと判っていたから嘔吐を避けるために食事を抜いた。栄養剤を水で流しこむだけにとどめた結果として肝心なときにガス欠だ。
焦らすようにシャツをまくられる。尖った胸の先端をイクスアインは楽しそうにつつく。しっかりと脚の間へ位置を取られた。下着ごと下肢を剥かれてハーノインの被害は顧みられない。嬰児のように吸い付いては舌先で突起を転がす。胸を吸われながら抜き身を擦られる。もがくように胡乱な四肢の動きは歯止めにさえならない。体温はせかされるように上がって目が潤む。嫌がるように身じろぐのをイクスアインは止めない。腰骨の尖りを撫でて脚の間へ指先が流れる。
「抵抗しないのか。お前こそ入れて欲しいんじゃないのか?」
うそぶくイクスアインの声は癇症で慄えた。ひたりと据えられる熱源がある。喉を攣らせて堪えるハーノインを笑うようにイクスアインが犯した。ハーノインの体内でイクスアインが拍動を響かせた。揺さぶられるままに脚を開いて受け入れる。潤んだ碧色の双眸は落涙さえしない。山吹と栗色が入り乱れて冷たい床へ散る。もっと乱暴にして欲しいのに。背を反らせる。イクスアインは差し出される胸の先端へ素直に吸い付いた。
ぼやぼやと白いのは部屋の天井だ。ハーノインはうつろな目線を投げてから四肢の感触を確かめた。投げ出された四肢が重い。脚の間が濡れそぼっている。
「イクス」
投げ出す言葉に返事があった。なんだ。静謐な制服に身を包んでイクスアインが隣に居た。…後始末してくれないんだ? 触っていいのか? 泣きわめいて嫌がったとは思えない台詞だ。泣いた覚え無いけど。イクスアインはややあってからそうだな、とつぶやいた。
「ハーノは泣かないな」
「泣いて欲しいわけ?」
「可愛げとして言ってる」
軋む体を何とか起こす。ポイと放られたタオルや使い捨てで体を拭う。シャワー浴びたい。ついでに制服へ着替えてしまう。四肢はまるで連動しなくて壁でも一枚隔てているようだ。自分の思い通りになるモノがまたひとつ減ったな。手伝うか? イクスアインが声をかける。先ほどまでの諍いなどなかったかのようだ。ハーノインも殊更問い詰めないし掘り起こさない。平気。腰が痛いけど。背骨が折れたかと思うほどの仰け反りだったからな。お前のせいだろ。
不意に歩み寄ったイクスアインがおぼつかないハーノインの腰を抱き寄せる。それで? まだオレが突っ込んでほしいと思っていると思ってるのか? イクスアインの手が臀部を撫でる。うぐぅと猫のように喉を鳴らすのを聞いてクックッと笑う。やっぱりオレはハーノに突っ込む方がいい。膨れて唇をとがらせるハーノインにイクスアインがほら、と手を出す。なに? ピアスだ。一応見つかったのはこれだけだ。なくしたものがあるなら弁償するけど。確かめながら汚れを拭い、耳へ嵌める数も形も一致する。
「……ハーノ、お前はその」
煮え切らない言葉にハーノインが眉を寄せた。理知的な性質のようにイクスアインの言葉には迷いがないのが常だ。言葉にする前に頭のなかで組み立つから喋りながら迷ったりしない。
「なに? イクスが言いよどむって珍しいな」
「お前、エルエルフとは…仲が、いいのか?」
唐突に出現した名前にハーノインの口がぽかんと開いた。エルエルフ? たしかに彼は優秀な少年軍人だ。ハーノインがエルエルフより多いことなんて年齢くらいだ。
「仲がいいって、何」
「最近はエルエルフとばかり訓練を組んでる」
エルエルフの方から申し出たりハーノインから誘うこともある。言われてみれば最近の格闘訓練はエルエルフに相手を頼む。そも、ハーノインやイクスアインがまとめて括られる少年軍人の中ではエルエルフは間違いなくトップレベルの実力者なのだ。上手いものに教えを請うどこが駄目なのか判らない。
「だってエルエルフ強いし。俺とは戦闘タイプが違うから丁度良く噛みあったんだよ」
アードライやイクスアインは基本的に頭のなかで組み立ててから行動する。エルエルフも分類するならそちらだろう。相手の反応さえ読み切る。逆にハーノインは先に動いてしまう。あとから考えると改善点がいくつも見つかるのにその場に臨んだ瞬間にもう飛び出してしまう。近接戦闘で真っ向から白兵戦を挑んでしまうのも良し悪しだ。エルエルフにもそこは指摘された。
「……ハーノ、お前」
イクスアインがベンチから腰を浮かせた瞬間、施錠が解かれて白いものが飛び込んだ。二人してぽかんと見ているとそれがムクリと起きた。肩口で揃えたヘリオトロープの髪。片側は三つ編みで結われているが前髪も長く頬骨へ届くほどだ。
「アードライ?」
「皇子サマじゃん」
「アードライ!」
後ろからだろう地を這う低い声は明らかに憤っているのにアードライは振り向きもしない。ハーノインの方へつかつかと歩み寄る。びっしぃ! と指を突きつけられてハーノインが若干引いた。イクスアインが目を向ければアードライに遅れつつもエルエルフが飛び込んできた。
「ハーノイン! 何故エルエルフとばかり、く」
組む、と言いたかったらしい言葉は途中で消えた。つんのめった勢いそのままに床へ転んでいる。びだ、という不穏な音から察するに顔面を打っている。後退るのを跳ね起きたアードライが追いすがる。案の定、鼻の頭が赤く目元も潤んでいる。たぶんすっごい痛い。
イクスアインの靴先が、かんと何かを蹴った。それがエルエルフの足元まで転がる。エルエルフは黙って拾った。
「アードライ、同じ所で転ぶな。そこにはクーフイアの飲み捨てたボトルが転がっている」
エルエルフの目がじろっとイクスアインを見据える。イクスアインは黙って肩をすくめた。たしかにクーフィアの申請コードだ。軍属である以上ある程度行動が公開される。食事を摂ったかや訓練後の水分補給も何を求めたかある程度が第三者に知れる。ボトルに印字された数字とアルファベットの羅列で申請者がクーフィアであると読み取ったらしい。
「……拾っておけ」
「暇がなかった」
恨めしげなアードライにイクスアインはしれっとしたものだ。まさか同じ所で同じように転ぶとは想像できなかった。ハーノインが押し倒されなくてよかった。ハーノインの名前に思い出したようにアードライが騒ぎ出した。そうだ、ハーノイン! なぜエルエルフとばかり組むんだ私だって。がつん、とボトルがアードライの頭部を直撃した。投げたのはエルエルフだ。振りかぶった体勢からもとへ戻る動作さえ優美だ。
「いいかげんにしろ」
めらっと燃える燐光にアードライが縮んだ。はいすいません。…だがまぁ、事故であったことは認める。アードライの目がエルエルフを見てからぱっと表情をほころばせた。
「エルエルフ!」
抱きつこうとするのをエルエルフが避けた。クーフィアの申請コードだしそれに。紫苑の双眸がイクスアインとハーノインを見た。そちらでも了承してもらえたようだな? ハーノイン腰は大丈夫か?
エルエルフの言葉に、刹那、足先から駆け上がる羞恥にハーノインは顔が燃えると思った。耳まで真っ赤になって千切れそうだ。
「えるえるふ?」
判っていないのはアードライだけだ。イクスアインは年上の余裕で流す。ずいぶん角が立っていると思ったが軟化したな。エルエルフの言葉にもイクスアインは動揺しない。すっきりしたからな。ハーノインの顔や耳は赤くなるばかりだ。あまりの羞恥に涙まで浮かんできた。頭を抱えてうずくまる。腰は痛いが頭も痛い。混乱をきたすハーノインのもとヘアードライが屈んだ。秘密でも聞きたがるように声を潜めて顔を突き合わせようとする。
「そ、その………え、エルエルフに声をかけられるコツとかあるのかっ?!」
そんなものはない。溺れるものは藁にもすがるがアードライにすがるのはそれ以上に危険だ。
「え、ちょっと待って皇子サマ」
きらきらとした紅紫の瞳は無垢すぎる。イクスアインとエルエルフが同時に鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
《了》