それは触れてはいけないキレイゴト


   07:祈り


 他愛無い話が空間をにぎわせる。元同僚の気安さもあってか、アスランとの話は良くはずんだ。時折無邪気な笑い声が食堂からもれ聞こえた。
「アスラン」
ひょこりと現れた顔に場の空気がぴんと張り詰めた。
栗色の髪と大きな紫水晶のような目。その顔立ちはコーディネイターらしく整っている上に見る者の庇護欲をそそった。
「キラ」
 アスランが何事もなく迎える裏でディアッカの表情がすぅっと抜ける。
「じゃ、な。アスラン、続きはまた」
場から抜け出そうとする様子を嗅ぎ取ったキラが彼を引きとめようと声をかける。
「ディアッカ、僕は」
「いいって、いいって。二人とも仲良かったんだろ? 積もる話でもしてなって」
キラの声に過敏に反応したディアッカがヒラヒラと手を振る。キラの体を押し込むのと入れ替わりに自身の体を食堂の外へ押し出した。
後には消化不良の顔をした二人の少年が残された。
その二人に向けて皮肉った笑みを向け、ディアッカは手を振った。


 ヒタリ、と触れる強化ガラスは冷たくて心地好かった。
大きく開けた窓の外に広がる星々に目を奪われている振りをしながら、食堂へ顔を出した少年のことを考えている。

キラはニコルを殺した

言い訳はいくらでもある。
それは仕方がなかったんだとか。そう言う時局柄だから不可抗力だとか。
けれどそれだけでは収まらない何かがディアッカの中で燻っている。
誰が悪いとかそう言う次元ではなく。何かが。
 「ちくしょう…」
硝子を押しのけると反動で体がフワリと壁際へ揺らぐ。
頬や額に触れる冷たいタイルの感触に何故だか泣きたくなって必死に涙を堪えた。
当事者であるアスランとキラの二人の間にわだかまりはないようで、まだこんなことを考えているのは自分だけなのかと思う。
それが優しさなのか情けなさなのかの区別はディアッカにはつかなかった。
「どうした、坊主」
 突然かけられた声にビクリと肩が跳ねた。
縋るようにしてもたれかかっていた壁から体を引き剥がしてみるとフラガが其処にいた。
「オッサン…」
 途端にフラガがガクリとこける。ハァーッと長いため息をついてフラガが言った。
「オッサンじゃないって何度言えば判るかなお前は」
「俺だって坊主じゃないんだけど」
しれっと言い返せば面食らったような顔をしてフラガが微笑った。
「んじゃ改めてどうした、ディアッカ」
それに答える言葉を持たずにディアッカは黙り込むしかなかった。キラとのわだかまりはこの男の耳にも入っているはずで、それを知っている以上ディアッカに言葉はなかった。
 触れた場所が熱をすって生温く感じる。

「お前さん、坊主を殺してやりたいか」

瞬間、射殺しそうな勢いでディアッカの目がフラガを射抜いた。
冷えた紫水晶の中で、フラガの虚像は微苦笑を浮かべて答えを待った。

「そんなわけないだろ」

口の端がつり上がって皮肉気に笑ってディアッカはフラガに答えた。
「今はもう身内なんだぜ? 身内を殺したいなんて思うわけないじゃない」
フラガは黙ってディアッカの言葉を聴く。
ヒステリックな声と言葉の裏を探ればそれは酷く傷ついた少年そのもの。
「ただ…」
ディアッカの声が震えた。そこは触れてはいけないような、そんな。

「『僕が何かすることでこの戦争が早く終われば』っていってた奴をアイツは殺した」

睨みあげる紫水晶が潤んで揺らいだと思った瞬間、一筋の流れが生まれた。
大きなフラガの手がディアッカの頭をぐしゃりと撫でた。そのまま抱き寄せるのをディアッカは拒絶せずに受け容れた。
「いい奴ほど早く死んでくもんさ、オレの経験から言えばな」
大きく息を吸う音が掠れた。ヒクリとしゃくりあげる体をフラガは黙って抱きしめる。

「そいつのために祈ってやれよ」

 熱い大人の胸に抱かれてディアッカは内部の何かが氷解していくのを感じた。

そのくらいならまだ、俺たちにも許されているから。

ディアッカはそっとその目蓋を閉じて身を任せた。


《了》

ネタをしぼったわりに突発話になりました。    11/26/2004UP

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