※微エロ


 君はどうして?
 どうしても


   好悪と存在と

 ぎしりきしりと寝台が軋む。安っぽいマットレスと不自然に白い敷布に埋もれて尊は鼻にかかった声を上げる。元来弁の立つ方ではないから声を殺してしまう。むずがるように頭を振ると燃える真朱の短髪が敷布へ散る。露わにした額へ一房二房と紅い髪がおりた。かき上げるのも面倒でそのままにする。背骨のくぼみを撫で下げられて身震いした。臀部へ割り込む指の細さと強さに尊の背がしなう。開いた脚の間に位置を取られて揺すられる。
「ッア」
奥を突き破るように貫かれて腰が揺らいだ。精悍な顔立ちは淫靡に歪み、口の端からあふれた唾液が頤を汚した。虚ろに開いた口から溢れるのは声というより音に近い。言葉としての意味が無い嬌声。震える指先が白いシャツを掴む。爪を立ててやりたくなるのを何処かで自制していることに気づいている。遠慮する必要も義理もない。それでも尊はその背中へ爪を立てるのを躊躇する。
 眼鏡のあるなしでずいぶん印象が違う。ふちの目立つものではないから変わらないと思うのにその紺青の双眸には明確に情欲が燃えていた。触れ合う皮膚が融ける。体温が移動するように思うほど流動的で領域が曖昧だ。癪に障ってばたつかせた脚がふくらはぎを蹴りつける。
「周防、痛い」
玲瓏とした声が腰の奥を震わせる。漏れる嬌声に吐息が触れると思うほど近い位置の口元が笑んだ。紺藍の黒髪には長さがある。額やうなじを隠す髪の先端が尊の顔を何度もかすめた。膕を抑えこまれてさらに奥深くへ突き入れられる。丸まろうとする背中と跳ねる腰に尊の体はやり場なく灼かれた。ひくりと痙攣する体躯をいとしげに抱きしめられる。手入れのされている爪先が尊の肌を撫でた。良い反応。しばらくぶりだ、溜まってるんだろう。うるせぇ。お前がそんなに貞淑だとは思ってなかった。黙れよ馬鹿野郎。青い髪を掴むと微笑まれる。そのまま唇が重なった。火照った尊の体に人肌の指が馴染む。自分の体の形状を認識できない。洗浄されすぎた敷布の硬ささえもが二人分の体温で和らいでいく。ぐちゅぐちゅと結合部からする音に眉を寄せる。愉しむように抜き差しされて尊の呼吸が攣る。切れ切れの喘ぎは熱っぽい空気に溶けた。
「むなか、た」
「どうした、周防」
触れてくる指先がずぶずぶと埋もれていく。


 身じろぐと敷布が頬を擦った。滲んだ涙がひと粒だけ頬を滑る。分離しても尊の体はあてどなく拓けたままでどこまでが体なのか判らない。ともすれば敷布の区別さえも危うかった。体温に温んだ無機物はそれゆえにどこまでも馴染んでしまう。サイドボードを習慣的に探ろうとして舌打ちする。此処はねぐらではない。煙草は尊の上着の隠しにあるはずだった。乱雑に脱ぎ散らかった着衣を確かめる手間が惜しい。
「宗像ァ」
なんですか。煙草。禁煙したら如何ですか。言いながら宗像は自分の上着を拾い、煙草を探りだして咥えている。
「言うじゃねェかよ。よこせ」
身を乗り出そうとして貫く違和感と瞬間的な痛みに顔が歪む。火をつけたばかりの煙草を勢いに任せて宗像の口元からかっさらうとそのまま咥えた。女性のように紅をさしているわけでもないから目立たない。交渉を持つ間柄として羞恥の段階が常とは違う。脚の間や腹の中まで晒した相手の咥えたものを咥えることに抵抗はない。飲料のボトルなど気にせずに受け取ったり渡したりする。
 宗像が呆れたように嘆息してから新しい煙草を抜き出して咥えた。二人がくゆらせる紫煙が天井へ滞る。排気など設備の充実した部屋ではない。行きずりが共有する連れ込みだ。誰のものかもわからない忘れ物が部屋の隅へ積み上がっている。必要なのは寝台であって部屋ではない。ぼんやりと適度な疲労に意識を揺蕩わせていると宗像の静かな声が問う。
「周防は好きな人は居ないのか」
「好き?」
なんだそれ。無造作に問い返すのを宗像は背中を向けたままで煙草を喫んだ。だから好きな人だ。将来を誓ったり、相思相愛だったり、特別な感情を抱く相手ということだ。尊は煙草を灰皿で潰すと仰臥した。投げ出す四肢が宗像に触れないので文句もない。好き、なァ。草薙出雲は前髪が下りていた頃からの知り合いだし吠舞羅の面子だって殊更厭うたつもりもない。集まってくるのを放っておいている。抜けるのも自由だ。確か一人もう吠舞羅にはいられないといった奴がいた気がする。伏見猿比古。新天地を宗像の所属へ求めたと聞いている。深追いはしない。そういう性質なのだ。
「いきなりじゃねェか。ふられたのか」
「不吉な妄想はやめてくれませんか」
それ以外に『好きな人』などを話題にする理由が判らない。お前の名前でも言ってほしいのかよ。馬鹿馬鹿しいこと訊かないでくれます? 宗像がだんだん辛辣になっていく。気が腐って舌打ちする。改めて問われると返答がない。その場で対応を決めてしまう尊にとって前評判などは重要ではない。気に入っていても不快なことをされれば切るし敵対しても意にそうなら受け入れる。
「……わかんねぇ」
「嫌いな人は居ますか」
嫌い? どうしてこんなことをした、とか。尊が数瞬の間をおいた。

「………十束」

「十束? 十束多々良ですか」
彼のことはこちらでも少し把握していて。中途で宗像の言葉が切れる。切なく寄せられた眉や食いしばる口元。宗像がその強張りを解くように優しく撫でた。あいつは勝手に来て勝手に死んだ。そうですね。好きでしたか? 宗像の顔を見ようと身じろぐのを宗像が気づかないふりをした。…なァ。気づかないふりをするにはあからさまだ。宗像はわざと十束の名前を流した。
「なんでそんなん、訊くんだ」
宗像の唇が薄く開き紫煙を吐き出す。判らないならそれでいいですよ。なんだそりゃア。聞いといての態度じゃねェぞ。あなたが答えないからでしょう。答えたろうが。十束だ。振り向きざまの宗像に鼻をつままれる。ぎゅむっという強い力に怯んだ。デリカシーが無いですね。意味判って言ってンのかよ。
 「周防、あなたの心を縛っているのは誰なんですか」
「縛る…?」
「あなたの中にいるのは誰だと訊いている!」
十束多々良はたしかに人当たりも好いようですが。何の話だ。あなたの好意の先を訊いているんですよ。好きな男は居なかったんですか? なんで男なんだよ。あなたが女だからに決まっているでしょう。
「女ァ?」
「性質としてそうだという話です。性器の話ではありませんよ」
まともに聞く話ではなかった。そもそも自分を組み敷く男がそうごろごろいるとも思えない。尊のなりは女性性など皆無だ。ただでさえ少ない言葉も乱暴で問い返すだけで相手を萎縮させる。鼈甲の双眸を眇めるのを不満ととった宗像がさらに言い募る。ついでに言うと戦闘力も関係ありません。あなたは受け身なんですよ。すんなり脚を開いてしまうところからも言えると思いますけど。蹴りだすわけにもいかない。位置としてすでに蹴り出しで済む深度ではない。
「みこと」
宗像の声が尊の名を呼ぶ。お前の中には、もう。
 瞬間的に疾走った手が宗像を打った。うるっせェ知らねぇ。俺の中には誰もいねぇよ。誰も居ないって顔じゃないんだがな。宗像の指が頤を抑える。素直に認めろ。お前には忘れられない人がいるんだろう。唇を撫でる指へ噛み付いた。本気で歯を立て肉を裂くそれに宗像が微動だにしない。あふれた鮮血が尊の唇を染めて頤から垂れた。
「この程度で退くと思うな」
弾かれるように動きがあった。吐き出した指先はみるみる紅く染まる。その指が尊の頤を持ち上げる。上向かされた唇が重なる。死人には勝てない、だが。青い瞳に焔が燃えた。凛としたそれが峻烈な情欲に艶めく。
「負ける気はないぞ」
周防尊は手に入れる。譲る気はない。尊の口元が歪んだ。なんだそりゃア。勝手にしやがれ。
「逃した魚は大きく思えるものだぞ」
永遠に失われたそれへの期待感と幻想は時間に比例して膨れ上がるものだ。得られないからこそ感情が膨らむ。何が言いたい。亡くした人をもう想うな。指輪をはめた拳が宗像を襲った。多少避けたが衝撃が殺しきれない。予想以上の手応えに怯んだが表情には出さない。言葉少なな性質のせいで大抵のことはこらえてしまうくせが付いている。宗像も反撃したりしてこない。
「図星か」
嗤う口元に尊は耳まで真っ赤になった。殴りつけたいのを堪える。ここで打っては宗像が正しいと認めるに等しい。ぴくりと震えてしまう指先に怒りが殺しきれない。
「お前も案外、聞き分けない」
崩れる言葉が尊を挑発した。瞬間、宗像の体が翻る。こらえていたぶん尊の反応は遅れた。寝台の上に仰臥させられ手首を抑えられた。ぬるりとしたのは先ほど噛み付いた指だろう。宗像はその痛みをまったく感じさせず表情に崩れもない。
 いけない子だな。硝子越しでない瞳の燐光さえも見えそうだと思った。魅入られる。どこにでもいるような顔をしてその実、宗像がありふれるとは思えない。手首の抑えが離れても尊は枷で繋がれたように動けない。鮮血にまみれた指先が尊の胸を撫で、腹をたどり頬へかすれた赤い線を引く。
「そんな顔をするな」
指先は優しく尊の頬を包む。王権者がこんな程度で動揺するな。…知らねぇ。死人は出る。オレたちは何かを殺さずにいられない。知らねぇ。知らずにいるほうが辛いかもしれないぞ。尊が黙る。宗像は子供をなだめるように微笑んでから尊の髪を梳いた。お前の選ぶ道だ。オレが言っても聞かないな。お前はそういう性質じゃない。
「…じゃあ、なンだ」
「それでも訊かずにはいられなかっただけだ。もしかしたらと思ったオレが甘かった」
「意味が判らねェ」
「判ってほしくないから構わない」
宗像はそれ以上を拒絶するように体をどかすと歩き出す。周防、運がいいな。コインシャワーがついてる。場末の連れ込みにしては上等だ。おごろうか。
 据わりの悪さに尊の手があたりを探った。カツンと硬いものを見つけて持ち上げれば宗像の眼鏡だ。行為の最中に外したのだ。何気なくかけて視界がクラリとする。定まらずぼやける視界で宗像が笑っている。微笑っているのか嘲笑っているのかは判らない。細部が見えない。
「馬鹿だな」
眼鏡を外される。宗像の顔が近い。唇が重なった。もっとかじってみるか? 乾いた血痕が剥離する指先を口元へ突きつけられる。尊は躊躇なくそれを口に含んだ。噛み付いたそこを熱心に舐る。
「なァさっきの」
「なんのことだ? 満足しきらないか。じゃあもっと念入りに可愛がろう」
宗像の舌がねとりと尊の首を舐める。ぞくぞくするそれに身震いするのを宗像が喜んだ。…もうよす。どうした?
「なんでもねぇよ」
 もともと尊は小細工を弄しない。感じるままに生きてきた。騙しも細工も仕掛けられない。性質が向いていないとしか言いようのないそれに結局流される。やろうとしても露見する。稚拙だ。失敗と成功の比率は偏りいつしか手段にしなくなった。

「俺は十束もテメェも大っ嫌いだよ」

艶めかしく体を寄せ、腕を絡める。尊の媚態に宗像は薄く嘲笑った。
「それは光栄だ」
脚を開いて受け入れる。安っぽいマットレスの軋みが聞こえ出す。


《了》

突発的に書いたので内容は全くない             2015年2月1日UP

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