あの手この手で君を


   一世一代の茶番劇

 ルルーシュが天を仰ぐとさらりと黒絹の髪が滑った。大きな紫水晶によく例えられる瞳は苦々しげに天井を睨みつける。C.C.は興味深げにルルーシュに目をやってはクックッと笑う。ルルーシュは少し前から体を折るように屈んでいたかと思うと天を仰ぐのを繰り返している。考え事に没頭していながら、何かしらが動いていないと頭が回らない。貧乏ゆすりと同じだねと昔言われたのを思い出す。貧乏ゆすりならまだ始末のいい方でルルーシュは気がつくと万年筆の筆先を潰してしまった前科がある。寸分違わぬ位置にペン先を打ちつけていたのか用紙を突き抜けた位置にまで染みが広がっていて驚いた。
 ついに噴き出すC.C.をルルーシュが怒鳴りつけた。
「なんなんだお前はさっきから! なにがおかしい」
「おかしいさ、気づけ」
C.C.は軽く身をひるがえす。派手な黄緑色の髪がふわんと広がる。瞳の色といい髪色といい派手さにもほどがあるとルルーシュは心中で毒づいた。
「さっきからお前、一定間隔で上を向いては俯くのを繰り返しているぞ。その間隔が、な。お前は案外判りやすい…」
「一定間隔? おかしいだと? 言ってみろ、何がおかしい」
「うらべこうせつ、と呟くだけの間でそれを繰り返しているからおかしいんじゃないか。考えていることが丸判りだ」
ルルーシュが不機嫌そうに口元を引き結んだ。意識的ではないにせよ卜部のことを考えていたのは当たっていて返す言葉がない。C.C.が嵩にかかるように身を乗り出す。
「ほら言ってみろ。青少年のお悩みを聞いてやろうじゃないか。卜部としたいのか?」
ルルーシュの真正面にどさりと座ったC.C.が黄色い抱き枕を引き寄せた。同時にルルーシュの呑んでいたコーヒーをカップごと奪う。一口飲んでから顔をしかめた。
「砂糖くらい入れろ」
「人のを呑んでおいて言うな。…卜部だがな」
 ルルーシュは内緒ごとを相談するように体をかがめた。C.C.も誘われるように抱き枕に腕を回してから身を乗り出す。紫苑の瞳が気弱に潤んだ。
「…オレのことを、どう思っているのか…呼べば来る。行為にも応じる。だがその裏に藤堂の影がないかと、言うと」
「まぁそうだな。卜部がこらえるとすれば藤堂以外にないだろうな。お前は囚われの姫を奪還した王子様だ。小人の分際では従うしかあるまいよ」
C.C.はルルーシュの懸念をずばりとついた。ルルーシュががくんと肩を落とす。
「オレはこんなに愛しているのに」
「魔王が愛しているとか言うな、戯言にしか聞こえんぞ。大方、卜部もそう取っているだろうな」
C.C.の白い手が菓子鉢をあさる。饅頭か、と声をあげるC.C.にルルーシュは静かに今川焼だと訂正した。C.C.は怪訝そうに眉を寄せた。
「饅頭と違うのか」
「おそらく原料が違うし作り方も…って、そんなことはどうだっていいだろう。今は卜部の話をしている!」
むぐむぐと今川焼を咀嚼する魔女の前にルルーシュは気が抜けた。色恋沙汰を相談する人選を誤ったとしか言いようがない。ぺろりと指先までなめてからC.C.が言った。
「まぁ、硝子の靴が落ちるのを待つだけが能ではないし。落ちていないならば落とさせるまでだろう。追いかけるばかりではダメだ」
ルルーシュはじぃっと手元を見る。ルルーシュは息をつくと不敵に笑った。
「なるほど、その通りだ。お前もたまには役に立つ」
C.C.は口に含んだコーヒーの苦さに顔をしかめた。


 卜部は茫洋と通信機器を眺めた。ゼロからの連絡が絶えた。不定期に私的な呼び出しを受け、それを呑むことを強要されていたことに慣れつつあった卜部は拍子抜けした。彼の正体がまだ十代の域を出ない少年であると聞かされた時には驚いたが事実目の前であの特徴的な仮面を取った姿を見た日には仰天した。あどけなさの残る顔立ちだが目鼻立ちはすっきりとしていて西洋的な綺麗さだ。眉目秀麗。細い眉は形よく、零れそうな大きな瞳はくっきり二重。薄い唇はそれでも十分な張りと紅さで艶めいた。指先でもてあそぶように梳いた髪はさらりと滑る。その心地すら覚えている。
 「…くだらねぇ」
ぱちんと通信機器を閉じると隠しへしまう。大きく伸びをすると藤堂がちろちろと卜部の方を見ていた。声をかけるべきか迷っているようだ。藤堂は心許した相手なら零れるように稀に醜態をさらす。卜部と藤堂の付き合いはそれなりに長く、表面的なものだけではない。卜部は気軽く声をかけた。
「中佐? どうしたンすか」
「……お前の、態度というか。何か心配事でもあるのか?」
藤堂は腰を据えて話を聞く構えだ。卜部は困ったように頬を掻いた。そこへ藤堂の背後から文字通りドスンと朝比奈が抱きついた。藤堂が驚いて声を殺すのを計算した上での行動だ。卜部が嫌な予感に眉を寄せた。朝比奈はふふんと意地悪く笑うと藤堂の首にかじりつく。藤堂の耳元でむやみに息をつく。くすぐるようなそれに藤堂はわずかに身じろいだ。
「ダメですよ、藤堂さん。人の色恋沙汰に首突っ込んじゃ。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじゃうんですから。この人はさ」
卜部は何か言いたかったが言葉が見つからない。朝比奈の顔が絶頂を極めた恍惚に笑んだ。

「肉体関係の交渉相手からの連絡待ってるんだから。もう唾つけられてるんですよ、この人」

藤堂がびっくりしたように卜部の方を見つめ卜部は思い切り不自然に顔を背けた。外れていないあたり、言い訳に苦労する。完全に的を外していたなら藤堂を丸めこむのは簡単だ。中途半端に事実であるだけに事が厄介だ。朝比奈の言葉が嘘である部分と事実である部分とが混在している。藤堂は嘘の匂いには敏感で事実と嘘の相違には素早く気づく。
 「だからオレ達は向こうで愛し合いましょうねー。彼氏に、よろしくゆっといて。つなぎとめとけ、バァカッて」
後半部分を卜部に投げつけておいてから朝比奈は上手く藤堂を誘ってその場を立ち去ろうとする。その背中に卜部が噛みついた。
「ちょっと待てッ、テメェどこまで知ってる?!」
「知らないよ? ただ、まぁさぁ、背後には気をつけた方がいいよね。特に秘密の交渉なら尾行くらい撒いたら?」
テーブルに突っ伏す卜部に勝ち誇った笑みを捨てて朝比奈が藤堂の腕を引く。藤堂が朝比奈に発言の意を問うているのがかすかに聞こえた。朝比奈は藤堂との付き合いも長いしあしらい方も知っている。卜部はぐしゃりと髪を掻き混ぜる。
「冗談じゃねェぞ…!」
椅子の背もたれに背を預けてから深呼吸する。肩をゆっくり上げて肺を広げて息を吸う。腹に溜まる重みの心地よさと新鮮な空気が卜部に冷静さを取り戻させた。
 ゼロとしてもルルーシュとしても連絡がない。この団体も今はそんなに忙しい事情は抱えていないはずだ。もっとも卜部あたりに降りてくる情報などいいところで半分だろう。だが藤堂に動きが見られない以上、そう忙しいわけではない。卜部は藤堂の部下であり所属もそこだ。相関図をかけば卜部は独立した位置ではなくあくまで藤堂の影響範囲内であり、個別に対応することはほぼない。
「罠でもはったか…」
卜部は自身の限界を知っている。俯瞰的な視野も十人並みだ。それでも得られるだけの情報から事態を推し量る。ルルーシュの年齢を考え合わせる。いくら彼が大人びていても年齢的な勢いは引きずる。感情的なそれが時に知略を凌駕することを卜部は知っている。
「いいじゃねぇかよ、我慢比べか」
卜部はクッと笑うと立ち上がって愛機の元へ行く。部屋にこもる性質ではないし、どうせ手の空いた時間なら有効に使うまでだと口の端をつり上げた。

 立ち去る卜部の後ろ姿をゼロが立ち尽くして眺めていた。物思いにふけっていたかと思えば卜部は不意に席を立った。慌てて身を隠すと卜部の行動を注視する。自分に割り当てられた戦闘機の整備をしている。慎重な藤堂の配下らしく日頃から手入れを欠かさない。普段できねぇことはいざとなってもできねェよと言った卜部は藤堂からの受け売りだと笑った。こそこそしているのは見栄えが悪いが、ゼロはもともと秘密性をもっている。何事かの布石だろうと案外見逃されている。何度も飛び出して行って抱かせろと詰め寄りたくなるのを、見計らったかのように卜部が通信機器を取り出して確認するのが押し留めた。卜部も焦れているのだと思えばこそこらえられた。

 その間は数日に及んでルルーシュはすっかり疲労した。巡らせる政治的対応と秘密の保持。加えて出来ない熱の発散にルルーシュは限界寸前だった。あの痩躯をかき抱いて喘がせ泣かせたいと暇さえあれば思い巡らせた。事情を知っているC.C.だけが面白がるように卜部のことを事細かに語った。
「ふふ、まさに青い春だな。恋する乙女だ。いつまでもつんだ、その我慢は」
卜部の首筋があぁだとかあのしなう背骨と腰骨の具合が如何だとか想像をかきたてることを言うのだからたまらない。ルルーシュがぎろりとC.C.を睥睨した。
「お前、卜部と寝たのか」
「お前を安心させる意味でも言うが、寝てないぞ。なんだ寝ていいのか?」
ルルーシュはフンと鼻を鳴らして返事をすると通信機器を取り出す。無理やりに空けた予定があり、このあとはしばらく猶予が取れなくなる。躊躇するルルーシュから通信機器を奪ったC.C.はあっさりと何事か操作してからぽいと放り返した。確かめるように直前の動作をメモリで探れば、会いたい旨をインプットとされているコードで卜部に送信していた。あらかじめ決められている文章を呼び出して送信したにすぎないがタイミングと相手がかちあいすぎた。思わずC.C.の方を見るルルーシュに彼女はフンと鼻を鳴らした。折り返し、了解したという返事が卜部から送られてきた。ふってわいたそれに抗うだけの余裕がルルーシュにはなかった。
「青少年は素直に生きろよ。頭だけ良くなるなよ、坊やが」
ひらひらと手を振りながらC.C.は部屋を出ていく。
 ルルーシュが何とか気持ちを落ち着けたところで来訪を知らせる呼び出し音が鳴った。訪問者が卜部であるのを確認してから扉を開けた。卜部は部屋に入ってこそ来たが言葉を発さない。ルルーシュにとっても不意であった逢瀬に二人の口は重かった。沈黙にくじけそうになったルルーシュが目を潤ませる。ふゥと息をつく気配がして目をあげる。卜部が襟を緩めながら寝台に座る。
「あんたァ俺に飽きたんだと思ってたぜ」
何か言おうとした先を制して発せられた言葉とその内容にルルーシュはしばし呆然とした。
「そ…それは、こちらの台詞だ…! だいたい、お前には欲がない。いつもオレが求めるばかりで、お前は。だって、お前は」
ルルーシュの潤んだ瞳から雫が落ちた。細い指先がぎゅうと拳を握る。震える手を誤魔化すように大仰な身振りでルルーシュは言い捨てた。
「藤堂奪還の恩を感じてオレに抱かれていると、ばかり…!」
卜部の指先が止まった。茶水晶は静かにルルーシュを映す。
 「いいか、オレは同情で抱かれてくれる奴など要らん! 伊達や酔狂で男を抱くほど情に薄くないッ! そんなもの、優しさだとのぼせるなよ! いらん世話だ!」
ルルーシュの激昂は堰を切ったように止まらなかった。自身で招いたことの破壊力に自身が一番打ちのめされた。賭けに出て負けた。その事実がルルーシュから冷静さを奪う。
「オレは、お前が好きだし、お前にも…オレを好いて、欲しい…!」
情けなくて涙が溢れた。ルルーシュはうずくまると肩を震わせて泣いた。しゃくりあげてくるものは止まらずに喉を塞いで声さえ殺す。
 ふっと吹きだす気配にルルーシュが潤んだ瞳をあげれば卜部が肩を震わせて笑っていた。
「なんだお前ッ! オレがそんなにおかしいかッ」
「いやぁ、ちょっと…予想通り過ぎて。若いってなァイイっすねぇ」
ルルーシュが目を瞬かせた。
「あんたァ、俺が焦れてんの知ってるし、俺が自分から寝台に行くのも想像ついてたろうけど、俺から飽きたって言葉ァ出ればちょっとは動揺するかと思ったけど、ここまでたァな…」
クックッと肩を震わせる卜部にルルーシュが飛びかかった。そのまま寝台に押し倒す。
「意地が悪い…いい歳した大人が…」
「大人ってなァずるいもんだろ? あんたがそれを知らねェたァ思えねぇけどな」
卜部の言い様にルルーシュはため息と安堵を同時に吐いた。強張りが解けていく。
「ズルイな。なら子供は子供らしく、大人を困らせるか」
 卜部の耳の裏のくぼみの柔い所へルルーシュは吸い付く。そのまま首筋や緩めた襟元から覗く鎖骨へと唇を這わせながら吸い付き、明確な跡を残す。ぴくりと卜部の指先が震える。
「跡が、つく…って」
「せいぜい困れ。仕返しだ。藤堂あたりに気づかれて訊かれればいい。困るお前をぜひ見たいものだな」
「なんだよ、性質ワリィな」
「お前に言われたくないがな。脚を開けったら。そう言うつもりだったろう、乗ってやる」
ルルーシュの手が乱暴に卜部の脚を開かせると間に体をねじ込んだ。卜部はおとなしく力を抜いた。
「ったく、キスのひとつをねだる程度でやめとけよ」
「キス一つで収まりのつく熱ではないぞ。それを教えてやるから覚悟しろ」
卜部が笑って悪態をつく。
「可愛げッてもんがねェな」
「あるだろう、ほらここに。可愛い顔だろう」
ルルーシュは平然と卜部の手を頬にあてて微笑んだ。指先は卜部の体を好き放題に扱いだした。
「お前こそ可愛く啼けよ」
「御免だね」
卜部はうそぶいて口の端をつり上げた。


《了》

似たようなノリの話を別ジャンルとかどこかで書いている(自覚があるようだ)
二人してジタバタしている(笑) ほんともう自分がおかしい…!
書きながら馬鹿はお前だ! とツッコんだ…
後はもう誤字脱字。なければいいなと。(最低限)         03/20/2009UP

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