だってしょうがないじゃない


　　　好き！


　お前が駄目だというなら構わないさ、代わりはいくらでもいる例えば藤堂とか。そんな歪な始まりに恋情など生じようもないと思っていたのに。ゼロという名で紡錘状の仮面をかぶり大国相手に戦争を仕掛けたのはただの青臭いガキだった。その青臭いガキの誘いに乗って一線を踏み越えた。それから卜部は苦々しく思いながらも呼びつけられれば参じる。青臭いガキは美貌だった。美醜には疎い方だと思うがそれでもこれは麗しいとか美しいと評されるだろうと判るほどはっきりと綺麗な顔立ちだった。問題はその美貌が仮面で隠している素顔を卜部にさらしてまで同衾したがることだ。何度か理由をただしたがいつも好きだからに決まっているだろうと当然のように返される。好き合うだけで同衾が赦されるなら世間はもっとお花畑だろう。じゃあ好き合わぬ同士で行為が成立するのかというからするだろと返事をしたら殴られた。ぼふんぼふんと枕ではたかれて閉口した。どうも癇癪を起こしたらしかった。
「どうかしたか」
鈴振る声の美貌、それをルルーシュというらしいところまでわかっている。ルルーシュは卜部の腰にまとわりつこうとするのを卜部はするりと逃げる。
「なンで俺なんだよ」
「なんだ藤堂になびくとでも思ったのか。面白い奴がいると思っただけだ」
藤堂の取り巻きでありながらどこか一歩引いている。その距離の取り方がまるで猫だったから呼び寄せたら本当に猫だったというわけだ。それとももう藤堂の稚児にでもなっていたのか？　意地悪く訊かれて渋面を作ると嗤いが大きくなる。
「いくらオレでも人の女を寝取る趣味はない。きちんと感情の方向を向けさせたうえでだな」
ずいぶんと性質の悪い奪い方をするようである。お前のその根本のところは好きだよ。納得できない関係でも行為が成立すると知っている。だからこそ感情という情緒でのつながりをあとづけようと足掻いているのが可愛いさ。だからもう一度だな。ヤラねえよ。きょと、とぱっちり眦まで開いた紫水晶が瞬いた。
「時間ならあるぞ」
お前との時は多めに予定を組んでいるからな。多少は融通が。利かせなくていい。何故？　もしや、いやまさか。なんだよ？
「オレとのセックスは退屈なのか」
「直截的だなオイ」
ど真ん中であるがあさっての方向でもある。まるで叱られた子供のように萎れるルルーシュに卜部が返事に窮する。行為は成立しているからそう言えばよいのだがなんだがそう言うと卜部がものすごく淫蕩なようである。じゃあ嫌なのかと言われても体が応えるのだから矛盾していると指摘されるに決まっている。ルルーシュが理屈や理論に強いのは舌戦を挑んで完膚なきまでに敗けた経験があるので判る。

「嫌じゃねえけど今はしねえ」

結局妥協するだけであった。うう、とルルーシュの呻きが恨めしげだ。お前は四聖剣として藤堂に忠誠を誓っているから。相手が藤堂だったら何度でもいいんだろう。なにを拗ねてるんだよ。そもそもお前と中佐じゃ勝負にならねえよ。がんっとルルーシュが衝撃を受けたように跳ねた。しばらく震えていたが意を決したように顔を上げた。怒っているのか泣いているのか判別がつかないが麗しさは損なわれていなかった。
「よし、こうなったら卜部夜通しだ。藤堂に肩を並べるいやそれ以上の回数をこなしてお前をオレの仕込みに書き換える！」
「はぁあ？！　ふざけろッ」
「本気だ！」
「冗談にしとけ」
何故だ卜部、たしかにオレが艶事に疎いことは認めよう、だが挑戦する権利くらいはあるはずだ！　ひとり相撲になってるからやめとけ。何故だ、卜部の気持ちを向ける方法は思いついているのにことごとく成功しない。諦めろ。ほろほろと白露がその黒い睫毛を濡らす。あまりにも絵になるその様に何かが傾いだが、卜部はそれをかき消すように掛布でその顔面をごしごし拭いてやった。
「泣き落としも駄目か」
擦られて紅くなった鼻の頭が間抜けだ。
「で直せ」
けんもほろろの扱いにルルーシュが双眸を潤ませたが故意だと判っているので気にしない。そもそも。
「なんで俺なんかと同衾すンだよ、あんた」
瞬間、ぼんっとルルーシュの顔が耳や首まで真っ赤になった。てっきりちょうどいい位置にいたとか言われると思っていたので面食らう。
「――っそ、それは！　好きだからに決まっているだろう！　言わせるな！」
「さっきアンタが言ってただろうが！」
本気、なんだ。お前のことが頭から離れない。

一目惚れだったんだ

理由なんか後付けだ！　きゃんきゃんわめく麗しいものを目の前にして卜部は途方に暮れた。中佐は恋愛感情つうかこっちだってそういう意味では恋愛感情とか。この男の元へ関わりを持ったのが自分たちからであることを思えば間抜けとしか言いようのない事態に頭を抱えたくなった。


《了》