初っ端から


   お仕置き


 道場で教えているのだと風の便りに聞いた。武道に対する漠然とした憧れのようなものがあるからなんとなく雑談の話題として振ってみる。あんた道場やってンの? そもそも敬語自体が曖昧な口調であるから頻繁に顔をしかめられるのだが藤堂に限ってはその辺りに何もない。子供に教えている。年長のものにも乞われれば。むやみな喧伝もなく訊かれたから答えただけの言葉に卜部は適当に相槌を打った。それを間が空いた頃合いに思い出した。話題の発展として何処でやっているのかなども聞いてある。気が向くままの猫の性質で足を向けた。閉めていても構わなかった。道の字をつける武術には縁がない。喧嘩も戦闘も軍属になるまでは完全な自己流だ。飄然としたなりと性質のせいで見くびられる。挙句にこいつになら勝てると言わんばかりにふっかけられるから余計に相手をぶちのめす。その軌道が定まらないから何か盗めるものがあるならと運任せだ。道順までは知らないから道々訊ねて歩いた。道場の名前を出せば案外すんなり教えてくれる。年かさに教えるのも本当のようだった。
 「相変わらず変な苗字しやがるなぁ」
クルルギという漢字だけ出されたら惑う名だ。読めるのは政界にその名が轟いているからだ。露出と辣腕を惜しげも無くさらす男の私設だという。だから道場名に名を冠したか。息子も通っているという。卜部の同僚の朝比奈も顔を出すと言っていた。あれは完全に藤堂目当てで通っている。なまじ腕が立つから厄介なのだ。土道を歩いて行く先に道場がある。見た目古びては居ないが真新しくもない。適当に傷んでいる。子供が集まる割に静かだなと思いながら誰何もなしにいきなり扉を開けた。外観より広く感じる作りだ。そこで二人の男が居た。朝比奈と藤堂だ。門下生らしい子供の姿はない。きょろきょろする卜部に藤堂は滑るように歩み寄る。足の運びが自然で無駄な音がない。
「…今日って休み?」
「そうともいうかな。お前が二三日中には来るというから鍵だけ開けて待つつもりだったが」
「何で来るのさ!」
ギャンギャン言うのは朝比奈だ。藤堂と揃いの道着を着ている。
「うるせぇてめぇには関係ねぇよ」
言い返すのを笑って眺めていた藤堂が踵を返す。上がればいい。茶は出ないぞ。乱暴に靴を脱ぎ捨てると上がりこむ。古風な造りで門下生らしい名札が下がっている。藤堂の名も朝比奈の名もある。あんた一人で教えてンの? まさか。私以外にも腕が立つものはいる。その目線が朝比奈の方を向く。自慢気に胸を張るから卜部は真っ向から無視した。
 「教えるのは主に剣道だ。必要だと思えば多少は格闘術も教えるが、そのあたりは相手の塩梅だな。スザクくんなどは覚えがいいから強くなる」
楽しげに話す藤堂の脇では朝比奈がジリジリ焦れている。放つ気配が不穏だ。ふたりきりだと思ったのに。肩をすくめる卜部に朝比奈が噛み付きそうだ。卜部もやっていかないか。お前の戦い方はとても興味がある。藤堂が楽しそうだ。道着の替えがあったと思うんだが。浮足立って探しに行く後ろを見送る。精悍で無骨なくせに案外こういう面倒は自ら買って出るから意外だ。子供の多い道場らしいから案外あれで子供を苦手にしないのかもしれない。
 「なんでくるの」
朝比奈がいきなり舌戦を開始する。そもそも朝比奈は藤堂に男が近づくのを嫌うフシがある。
「うるせぇなぁ、だったらてめぇは帰れよ。俺だってやるなんて言ってないぜ。あの人が勝手に引っ込んだんだろ」
「断らないんだからあたりまえじゃない。なにさ興味なんかないって顔してたのに」
「ねぇよ。暇だから来ただけだよ」
「うっそ、どうだかね。あんたさぁ藤堂さんの事好きなんでしょ? 今更しらばっくれなくてもいいよ見てれば判るんだから。藤堂さんは疎いから気づいてないけど」
「何絡んでんだよ。だったら後追って蹴りだしてこい」
「そういう気のない態度がムカツクんだよ! 性質が悪いや」
卜部は朝比奈の股間を狙っておもいっきり蹴り上げた。袴であったから位置は把握していなかったが的中したらしく朝比奈が苦悶の声を上げて悶絶した。
「………男としてそこ狙うとかありえない…」
「うるせぇくそったれ。手加減して蹴ったぜ」
もう一発ほしいなら今度ァ腹狙うぞ。それか顔だ。あんたなんでそんな手が出るの早いの。グダグダすんのは嫌いなんだよ。倒れている朝比奈の顔を狙う。喧嘩で倒れこんだ相手の顔を狙うのは定石だ。

「卜部!」

怒鳴り声に背筋が冷えた。恐る恐る振り向くと表情の抜けた藤堂が仁王立ちだ。叱られることだけは痛いほどに伝わってくる。久しぶりに怒られることに対しての恐れが生まれた。


 思い切り長い説教を食らっている。藤堂は卜部を座らせるとこんこんと解いた。子供にする説教のようである。藤堂が正座するからつられて卜部まで正座した。後悔している。普段の口数の少なさはこういうところでバランスをとっているのかと思うほど長く説教されている。しかも最中に朝比奈は逃げている。藤堂に見えない位置で卜部に向かって舌を出してからとんずらした。余計に腹立たしい。しかも藤堂の説教の規模が大きくなっている。どこまで話題広げんの。言ったら余計に怒られそうであるから黙って拝聴する。ただそれにも限界が近づきつつある。
 足がしびれている。思わず正座したのが悪かったか慣れない正座をするからなのか。行儀の良い方ではないから同僚から頻繁に座り方や居住まいを正される。そういえば仙波からも説教を食らったかもしれない。年長のものはどうも面倒見のいい性質ばかりで厄介だ。女じゃないから構わないだろうと思うのに叱りつけられる。しびれが限界だ。これ説教終わっても立てねぇかも。その醜態からまた説教を食らっても困る。一対一であるからもぞもぞ動くこともままならない。同じ姿勢を長時間保つのは案外難しい。しかも動きが不審なのか藤堂の目線が時折卜部の顔から膝元を移ろう。なおさらごまかせない。
「ちょ………ほん、とに、ちょっと…まって…」
ついに音を上げた。腰を上げた途端に足の感覚が消える。内側から剣山でも押し当てられているかのようにビリビリする。領域認識も狂っていて足が太くなったように感じる。膝から下ばかりではなく膝上や腰の奥にまで効果が及んでいて本当に足腰が立たない。四つん這いのまま動けない。立ち上がろうとしたら即刻転ぶ。
 冷や汗しか出ない卜部を藤堂はしばらく眺めていたが不意に立てないのかなどと訊いてくる。あんたの説教ァ長ぇんだよ。恨みがましく言った途端に引っ張り立たされる。襟首掴まれて引っ張られ、思わず足で立とうとする。がくん、と力が抜けた。
「――っわ、う、わ」
情けなくどしんと尻餅をつくのを藤堂はまじまじと眺める。本当のようだな。がし、と足首を掴まれてブワァッと刺激が脳天まで駆け抜けた。鳥肌が立つ。声も出せない卜部を無視して藤堂があちらこちらと掴む。痛みを通り越した刺激に体中がしびれた。
「ちょ…さわ、ん、な…!」
尖った膝を掴まれる。そのまま手が内股へ滑り込む。
「ひゃ、あぁああ」
後ずさることも出来ずにビクビク跳ねるのを藤堂は真面目な顔で見つめてくる。小首を傾げるところがなんだか憎らしい。
「据え膳かな」
「くたばれ」
耳をつねられた。しかも痛い。言葉遣いに気をつけなさい。あんたもだよ朴念仁。しかもなんだ据え膳て。あんたが喰らうのかよ。更に耳を引っ張られた。痛いって。
「では期待に応えようか」
「へぇ?」
藤堂がガチャガチャと乱暴に卜部のベルトを解き出す。えっ嘘。マジで? 足腰の立たない卜部の焦りは一気に上り詰める。つまんねぇ冗談はよせよ。本気だ。余計に悪い。藤堂の手が滑りこんでくる。冷たい。うそ、だろ、こんな。涙目になるのをべろりと舐められた。お前の声は艶やかだな。加減も直しもできないものを言われて詰まった。声が聞きたい。がぶ、と首筋へ噛み付かれた。いたい。


 水道を使う音がする。蛇口の鈍い煌めきさえ想像できる。汗ばんだせいで藤堂の足音がぺたぺたと間抜けだ。仰臥したままで卜部は文字通り身動き一つままならない。剥がれた衣服の回収も難しい。しびれが薄まりつつあるのに大元の腰が砕かれている。無理に動こうとすると貫かれる痛みが走って動きが止まる。きちんと道着を着つけ直して隙のない藤堂が濡れタオルを携えて戻ってきた。脚を開いて。言い返す気も起きない。
「あんたさぁ場所と時と都合を選べよ」
「要するにするなということか」
「判ってんじゃねぇかよ。すんなよ」
藤堂の顔が不満そうだ。朝比奈のように頬をふくらませたりしないがその口元が不服だと言っている。
「男性体との性交渉に無理矢理はあまりないと」
「何処のご都合引っ張ってんだよそれ」
「背中が痛い」
「あんたのせいだろ」
爪痕を暗に言われて卜部は口元を攣らせて言い返す。押し切られたとはいえ折れてしまったことが負い目にある。もともと藤堂のことを憎からず思っていたのが仇になった。
 藤堂は言い争いを打ち切ると卜部の脚を開かせる。丁寧な後始末に卜部の体がわずかに震えた。ひくりと攣るような蠢きに卜部の腰がわずかに反る。息を詰めるのを見て藤堂が目元を染めた。そういう顔をされるといけない気になってくる。いけないってなんだよ。卜部の方まで恥ずかしい。蹴りつけてやりたくとも藤堂がいるのは脚の間であるから無理だった。帰宅できそうか? あんた人の足腰砕いといてよく訊くな? 藤堂が黙る。卜部はなんとか見計らいつつ体を起こした。あー、と濁った溜息が漏れた。服取ってくれよ。動くの辛いンだって。藤堂は今度は何も言わずに卜部の着衣をまとめて寄越した。服を着るだけで体が軋む。背負って行ってやろうか? やめろよガキじゃねぇんだから。…肩貸してくれ。折れる卜部に藤堂が身支度を手伝う。
「お前の名の札がいるかな」
「なんで」
「これからも道場に顔を出してくれるのだろう? 私も毎度はやらない」
「あたりまえだよ馬鹿野郎。顔出す度にやられてたまるか」
「朝比奈とは違う方向で口が悪いな」
いいながらも藤堂はきちんと支度を手伝う。肩も貸してくれた。後始末や片付け、戸締まりをこなす間に卜部は吐出口へ座って待った。石が尻の下で冷えている。家まで送って行ってやろうか。上等だな。うそぶく藤堂に言い返す。お前の自宅を知らないが。あんたさ、大胆なのか鈍間なのかどっちかにしとけよ。こう、すくうように抱き上げてはダメか。お前は軽そうだ。やめろ俺が出歩けなくなるだろ。


《了》

前にも書かなかったっけ(待て)           2014年5月6日UP

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